Japanese, English

ブリージングパイロクロア格子磁性体が示す多彩な温度-磁場相図

 頂点共有した正四面体の3次元ネットワークであるパイロクロア格子は、強い幾何学的フラストレーションを内包する代表的な系です。ここで、隣接する四面体を交互に膨張・収縮させて大小の四面体内の最近接交換相互作用を非等価にすることで、"ブリージング"と呼ばれる新たな自由度を導入することができます。Aサイト秩序型のクロムスピネル化合物AA'Cr4X8は、ブリージングパイロクロア格子磁性体のモデル物質であり、中でもCuInCr4S8という組成の物質では小さい四面体内の交換相互作用Jが反強磁性、大きい四面体内の交換相互作用J'が強磁性という特殊な組み合わせが実現します。この系では、十分低温では大きい四面体内の4つのスピンが強磁性クラスターのように振る舞うことで、有効的にS = 6の面心立方格子反強磁性体と見なすことができます。面心立方格子では依然として幾何学的フラストレーションが残っているために、スピン-格子結合や外部磁場と絡み合って非自明な磁気状態が実現することが期待されます。

 我々は、CuInCr4S8に対する150 Tまでの強磁場磁化測定の結果、従来型のクロムスピネル酸化物と同様に60〜110 Tという広い磁場領域で1/2磁化プラトー相を示すことを確認しました[A]。さらに、磁歪・誘電率・磁気熱量効果測定を詳細に行うことで、1/2磁化プラトー直下に多彩な磁気相が生じることを発見しました[B]。特に、有限温度中でのみ発現するポケット状の相 (A相) では特異な磁歪・誘電応答が観測され、磁気スキルミオン格子といった多重Q秩序状態の発現が期待されます。このA相の正体解明を目指して、今後さらなる詳細な実験を行う予定です。また、本発見に引き続いてCuGaCr4S8という組成の物質でもCuとGaが結晶学的に秩序し、CuInCr4S8と同様にJが反強磁性、J'が強磁性となっていることを明らかにしました[C]。CuGaCr4S8の磁場中物性についても、非常に安定な1/2磁化プラトーを示すなど、CuInCr4S8と部分的に類似していることが明らかになりました。この一連の研究は、Jが反強磁性、J'が強磁性のブリージングパイロクロア格子磁性体が、新規磁気物性を実現する格好な舞台であることを強く示唆しています。

関連論文

[A] M. Gen et al., Phys. Rev. B 101, 054434 (2020). (原著論文[3])
[B] M. Gen et al., Phys. Rev. Research 4, 033148 (2022). (原著論文[15])
[C] M. Gen et al., Phys. Rev. Mater. 7, 104404 (2023). (原著論文[24])
BreathingPyrochlore