5d遷移金属元素を含む異方的三角格子反強磁性体の磁気モデルの評価
スピンの量子効果が顕著になる低次元スピン系は、特異な基底状態や磁気励起発現の有力な舞台です。典型的な模型の一つが、鎖内、鎖間の最近接交換相互作用がそれぞれ反強磁性のJ、J'で特徴づけられるS = 1/2の異方的三角格子磁性体です。本系は、一次元スピン鎖 (J'/J = 0) と三角格子反強磁性体 (J'/J = 1) の中間の磁気モデルと見なせ、その基底状態は理論的にも完全には解明されていません。実験的にも、異方的三角格子を実現する無機化合物の報告はこれまでCs2CuX4 (X = Cl, Br) に限られており、第二世代のモデル物質探索は重要な課題でした。
そこで、共同研究者の平井先生等によって近年開発されたモデル物質が、5d遷移金属元素のReを含む複合アニオン化合物A3ReO5X2です。本物質では、AサイトにCa、Sr、Ba、Pb、XサイトにCl、Brを置換することができ、全部で7種類の物質が合成可能です。我々は、強磁場磁化測定と有限温度ランチョス法に基づく理論計算によって、本物質群の交換相互作用の異方性J'/Jが0.25〜0.45と幅広く分布していることを示しました[A, B]。また、Ca系の物質では結晶構造の空間反転対称性の破れのためにジャロシンスキー・守谷相互作用が、Pb3ReO5Cl2ではPbの6p軌道を介した電子ホッピングのために比較的強い面間の交換相互作用が摂動として働き、低温で磁気相転移が起きることを見出しました[B]。一方で、Sr系およびBa系の物質では極低温まで磁気秩序が起こらず、μSR実験と非弾性中性子散乱実験によって、朝永-ラッティンジャー液体の発現を示唆する動的なスピン揺らぎと磁気励起の観測に成功しました[B]。これは、強い幾何学的フラストレーションに起因する磁性の低次元化が低温で顕わになった現象です。以上の網羅的な調査により、A3ReO5X2は元素置換によって柔軟にスピンハミルトニアンが調整可能であることを示したと同時に、異方的三角格子反強磁性体の基底状態の理解にも飛躍的な進展がもたらされました。
[B] M. Gen et al., Nat. Commun. 16, 9938 (2025). (原著論文[38])
そこで、共同研究者の平井先生等によって近年開発されたモデル物質が、5d遷移金属元素のReを含む複合アニオン化合物A3ReO5X2です。本物質では、AサイトにCa、Sr、Ba、Pb、XサイトにCl、Brを置換することができ、全部で7種類の物質が合成可能です。我々は、強磁場磁化測定と有限温度ランチョス法に基づく理論計算によって、本物質群の交換相互作用の異方性J'/Jが0.25〜0.45と幅広く分布していることを示しました[A, B]。また、Ca系の物質では結晶構造の空間反転対称性の破れのためにジャロシンスキー・守谷相互作用が、Pb3ReO5Cl2ではPbの6p軌道を介した電子ホッピングのために比較的強い面間の交換相互作用が摂動として働き、低温で磁気相転移が起きることを見出しました[B]。一方で、Sr系およびBa系の物質では極低温まで磁気秩序が起こらず、μSR実験と非弾性中性子散乱実験によって、朝永-ラッティンジャー液体の発現を示唆する動的なスピン揺らぎと磁気励起の観測に成功しました[B]。これは、強い幾何学的フラストレーションに起因する磁性の低次元化が低温で顕わになった現象です。以上の網羅的な調査により、A3ReO5X2は元素置換によって柔軟にスピンハミルトニアンが調整可能であることを示したと同時に、異方的三角格子反強磁性体の基底状態の理解にも飛躍的な進展がもたらされました。
関連論文
[A] S. A. Zvyagin, M. Gen et al., Nat. Commun. 13, 6310 (2022). (原著論文[17])[B] M. Gen et al., Nat. Commun. 16, 9938 (2025). (原著論文[38])
