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拡張スピン-格子結合模型の提案と熱力学物性への適用

 「様々な幾何学的フラストレート磁性体におけるスピン-格子結合の効果の理論研究」の派生テーマとして取り組んだ話題です。スピン-格子結合模型の研究を実験家の目線で進めていく中で、典型モデルであるbond-phonon modelとsite-phonon modelにはどちらも一長一短があることが分かってきました。具体的には、各ボンドの独立な変調を仮定するbond-phonon modelでは、マクロな磁歪を記述できますが、スピン-格子結合に起因する最近接スピン間の相互作用しか考慮しないために、現実の系における長距離磁気秩序や複雑な磁気相転移を再現できないことがあります。他方で、各サイトの独立な変位を仮定するsite-phonon modelでは、スピン-格子結合に起因する有効的な次近接以降の相互作用が働くために、長距離磁気秩序の再現には強みを持ちますが、マクロな磁歪は考慮されていません。以上の背景から、スピン-格子結合を統一的に記述する理論体系の構築は、実験結果の詳細な議論において重要な課題であると考えました。

 そこで、我々はBond-phonon modelとsite-phonon modelを融合した「拡張スピン-格子結合模型」を定式化しました。ここで、スピン-格子結合の強さに加えて、bond phononに対するsite phononの寄与を特徴づける現象論的パラメータηを導入し、パイロクロア反強磁性体の理論相図と物性応答を詳細に調べました。この結果をモデル物質CdCr2O4の強磁場下での熱力学物性と比較したところ、従来理論では説明できなかった高磁場領域での二段転移や1/2磁化プラトー相における負の熱膨張、比熱ピークの振る舞いといった様々な実験事実を、唯一のパラメータ値η = 0.6によって全て再現可能であることが明らかになりました。これは、拡張スピン-格子結合模型が、現実物質における熱力学的物性を統一的に説明する有効模型として有力であることを示唆しています。本模型は、パイロクロア格子のみならず様々な格子系に対しても普遍的に適用可能であり、その有用性の更なる検証が待ち望まれます。

関連論文

[A] M. Gen, H. Suwa et al., arXiv:2508.13535
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