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超強磁場領域におけるスピンアイス物質の結晶場磁歪の観測と理論による再現

 物質に磁場をかけることで格子歪みが生じる現象は、磁歪と呼ばれます。磁性体における磁歪の起源は、主に「交換歪み (Exchange striction)」と「結晶場歪み (Crystal-field striction)」の2つに分けることができます。前者は交換相互作用の距離依存性に起因し、後者は結晶場準位の混成に伴う電子軌道の変形に起因します。磁歪は磁気相転移を検出する強力なプローブである一方で、どのような振る舞いをするかは自明ではなく、理論計算による再現も一筋縄ではいきません。

 我々は、代表的な古典スピンアイス物質であるHo2Ti2O7に着目しました。高々2 Tの外部磁場印加によって2-in-2-out状態から3(1)-in-1(3)-out状態への相転移が起きますが、さらに強い100 T級の磁場を印加すると結晶場レベルクロスを経て4-upの強制強磁性状態へ転移させることができます。したがって、Ho2Ti2O7では交換歪みと結晶場歪みが観測される磁場領域が大きく異なるために、強磁場印加によって両者の寄与を独立に観測できると考えられます。

 本研究では、Ho2Ti2O7に[111]方向の磁場を120 Tまで印加してFBG法による磁歪測定を行いました。その結果、低磁場領域では正の磁歪を示す一方で、結晶場レベルクロスが生じる65 T付近ではそれより1桁大きい10-4乗オーダーの巨大な負の磁歪を示すことが明らかになりました。この振る舞いを理解するために、McPhaseというパッケージを用いて磁歪の数値シミュレーションを行いました。点電荷モデルを出発点とし、距離依存性を持つ交換相互作用や結晶場-フォノン相互作用を取り入れて平均場計算を行ったところ、実験で観測された複雑な磁歪の振る舞いを再現することに成功しました。このように強磁場実験と数値シミュレーションを組み合わせるアプローチは広範な物質 (特に4f電子系) へ適用することが可能であり、磁歪現象のより深い理解に繋がることが期待されます。

関連論文

[A] N. Tang, M. Gen, et al., Phys. Rev. B in press. [arXiv:2409.03673] (原著論文[30])
Ho2Ti2O7